疑問の最近のブログ記事

2018.10.18


最近気が付いた。



北海道の呼び方。



他都府県は、新潟県なら新潟、東京都ならば東京と都府県を外して呼ぶ事が一般的にあるが、北海道だけは、何故か道を外して呼ぶことが無い。
北海道の都道府県名は、北海のはず。
なのに北海などと呼ぶ者は居ない。



何でだろう?



ちょっと調べてみたが、やはり同じような疑問を持つ人が居て、考察がなされていたが、それを読んでも、どうも釈然としない。
北海道は他都府県と成り立ちが違うからとか、なんとなく皆がそう言い習わしているからなど、まあ、そんなところなのだろうとは予想していたが、どうもこれだといった腑に落ちる感じが無い。

う~ん・・・。



また例によって、頭の引出しに仕舞っておいて、時々引っ張り出して考える事になりそうだ。



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2018.10.12


「チコちゃんに叱られる」というNHKの番組を楽しみに観ている。



「チコちゃんに叱られる」は、当たり前と思っていて、今まで考えたこともなかったような事柄を、あえて問題にする雑学クイズ番組。
昨日、ブログに書いたカツ丼の件は、「蕎麦屋さんのメニューにカツ丼が有るのは、蕎麦屋さんなのに何故?」でした。
なるほど・・・。
自分は、「蕎麦屋さんがファミレス化して御飯物もメニューに載せたかったから。」だと思っていましたが、それは違っていました。



「何でも鵜呑みにせず、自分の頭で考えましょうよ。」がこの番組のコンセプトなのだろうと思う。



司会の5歳のチコちゃん(顔がCGで体は着ぐるみ、声は木村祐一さん)に、そんな素朴な質問されたゲストが、それは事考えた事も無かった「エっ・・・。」と答えに窮するところが番組のポイントの一つなのだが、割と自分は、そんな質問に対して、一度や二度考えた事が有る事が多く、その答えが合っているかどうかは別として、その回答を自分なりに持っている事が多い。
蕎麦屋のかつ丼のように。
まあ、結果的に間違っている事の方が圧倒的に多いのだが、「エッ!考えた事も無かった・・・。」と言う事はあまり無いようなのだ。



ちょっとこれは嬉しい。

そういえば自分は、何やかや、根掘り葉掘りと色んな事を考えている傾向があるようだ。
ようするに考え事が好きで、疑問に思った事を頭の引出にしまって置いて、時々引っ張り出しては考えている。
何年でも、飽きもせず。
答えが分からなかったり、新たな疑問が出来たりすると、ワクワクする。
それが楽しみなのだ。
まあ、大概が役にも立たない事ばかり考えているのではあるが・・・。



そんな余計な事ばかり考えている者は、大概は劣等生となる。
もちろん自分も、ご他聞に漏れず劣等生を自任しているが、
「そうか、この番組でチコちゃんが、そんな劣等生を励ましているのかもしれない。」
と気が付いた。



まあ、もっとも、こんな事を書くのに時間を費やしている事自体が劣等生ならでは。

ははは、性分だからな~。



銀木犀

銀木犀。
良い香りを漂わせているが、そろそろ散り始めている。



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2018.09.10


音感ってなんだ?



先日、絶対音感を持つと言う人がテレビに出ていた。
普通の人は、相対音感なのに、幼い頃に訓練すると絶対音感なるものを獲得できるのだそうだ。
ふ~ん・・・、でも、それって本当かな~?
っと昔から少し怪しい気がしている。



学生の頃、音楽の授業など、真っ当に聞いた事が無かったので、音楽の知識はゼロ。
なので間違った基準で考えているかもしれないが、絶対音感なるものが、どうも良く理解出来ない。



絶対音感とは、聞いた音の音名が分かる事らしい。
だとすると、その音の高さ=周波数が分かる事になる。
音程は、周波数にすると約6%づつ増え、1オクターブ上がると丁度倍の周波数になるらしい。
絶対音感の人って、どの位の精度で周波数の違いを聞き分けているのだろう?
1音の周波数の差は、6%づつ周波数が増えると、低音だと小さく、高音だと大きくなるが、その間の聞きわけってどの程度出来るのだろう?
440ヘルツと441の違いは分からないと思う。
絶対音感の精度を知りたいものだ。



絶対音感の人って、街の騒音が音楽の様に聞こえてしまい、煩くて堪らない時があるという。
そして、それが絶対音感の人の特徴であるかの様に言われている。
でも、それって可笑しい。
五月蠅い音は、音楽に聞こえようが、聞こえまいが、誰にとっても五月蠅い物はうるさいのではないだろうか。
人間の脳には、自分に関係ない音をシャットアウト出来る機能が有る。
もしかしたら絶対音感の有る人には、それが無い?
絶対音感って、もしかしたら脳の障害?



そもそも周波数が倍違うと、同じ音に聞こえるって、どういう事?
ドの音は、周波数が倍になるとドの音ってどういう事?
音楽って分からない事だらけ。
今更ながら音楽の授業をちゃんと聞いていなかった事を後悔する。



しかし、いずれにしても音楽に対して神秘性を感じているという、人間の妙な錯覚が根底にある気がする。
どうなんだろう?
音楽理論を勉強した人に聞いてみたい気がする。



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2018.08.29


安倍首相が3期目の総裁選に出馬表明したらしい。
総裁の任期2期を3期に伸ばす事を可能にしたのだから、当然の出馬表明なのだろう。
その目的は、憲法を改正して自衛隊を違憲状態ではなくする事なのだそうだ。



そもそも、戦備に関する護憲派の主張と改憲派の主張は、どちらも正しく、どちらも間違っている。
そんな事は赤子でも分かる事だろう。
「それを自分の考え方の方が正しい。」などと主張するのは、明らかに間違いを犯しているし、傲慢だと思う。



双方共、相手の主張を認め、自身の主張の間違いを認めるべきである。
そして、そこから議論を始めるべきなのだが、今まで、そういった議論を聞いた試しがない。
もちろん、どちらも正しく、どちらも間違っているのだから、いくら話し合っても結論は出ない事は言うまでも無い。
なにせこれは、未だ克服できない人類の最大の課題を話し合う事なのだから。
正解は無い。
だから話し合うしかないし、永遠に話し合い続けなければならない問題なのだと思う。
それなのに自分の任期中に答えを出したいなどと言う考えは、浅慮意外の何物でもない。
まあ、おそらくそんな事は、安倍首相も承知の上だとは思うけれど。



違憲ではあるが現実的には必要という自衛隊の現状が、人類の抱える矛盾を最も端的に表しているのだと思う。
それを自衛隊員が可哀想などという感情論で語るのは、あまりにもお粗末。
あまりにも矮小化し過ぎだ。
人類の未来が、この論争に掛かっているのだと言う事を忘れてはならないと思う。



憲法を語る事を恐れては、何も生まれない。
だが、拙速に結論を出すのも、やはり間違っている。
そして、このままで良い訳でもない。

ではどうする?
日本国憲法は、日本人の真価が試される憲法なのだ。



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2018.08.13


ゆとり教育の置き土産であり、その唯一の成果といっても過言では無い絶対評価を、以前の相対評価に戻す動きがあるらしい。



情けない・・・。
教育に相対評価は、そぐわない事が何故認識されないのか、なんとも歯痒い。



教育は、順位付けする為の物では無い。
ましてや卒業後の経済的優位性や社会的地位の確立の為の物でも無い。



それらを正す為に始まったゆとり教育。
その実践は、全く間違った方向に曲がってしまったようだが、その本質の考え方はは間違っていない。
それを理解せず、訳も分からず、ゆとり教育を批判する者のなんと多い事か。
本当に情けない。
その所為で100万分の一歩前進した教育が、またぞろ後退に転じてしまいそうだ。



しかし、まだ文科省には、骨の有る役人が残っているようで、全面的に絶対評価を廃止してしまう訳ではないらしい。
それは良かった。
でも教育が後退する事は間違い無いし、世の中が悪い方向に進む傾向も変わってはいないようだ。



高度に進んだ分業化社会では、教育に因る差別化は、自然発生的に起こってしまうものなのだとは思う。
しかし、それを教育が後押ししてしまっては駄目だ。



教育が人を幸せに導く唯一の物。
経済的優位性やイデオロギー、宗教、科学技術の発達などでは人は幸せになれない。
どうしてそれを啓蒙する人が居ないのだろう?
それを知らしめなかった事が、ゆとり教育失敗の最大の要因だと思う。

なんとかならないだろうか・・・。



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2018.08.03


シフォンケーキを購入。
が、しかし、ちょっとパサパサした食感。



シフォンケーキ

で、生クリームを添える。
これなら美味しくいただける。



お気に入りのケーキ屋さん「洋菓子店フレンドリー」が6月いっぱいで閉店していた事実を知った。



なんとも残念。
残念なんてものでは無い、なんだかとても大事なモノを無くしてしまった感じがする。



それに、閉店した事を1ヶ月も気が付かなかった事が悔やまれる。
フレンドリーのファンを自任していたにもかかわらず、このところ来店していなかった自分に腹が立つ。

「・・・・・・・・・・。」



それにしても自分が美味しいと思ったお店が、頻繁に店仕舞する。
今までは偶然だと思って来たが、この度ばかりは「自分は疫病神なのか?」と本気で思う。
なんなんだこれ。
あれほど美味しいお店が、何故閉店しなければならないのか?
悪貨は良貨を駆逐する。
そうとしか思えない。



30年以上のお付き合い。
悔やんでも悔やみきれない。



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2018.07.24


慢心を生きる。



慢心を生きる、と言う言葉が掲げられているお寺の門

孫娘の通うお寺運営の幼稚園の入口に掲げられていた。



慢心をしていない人間は居ない。
と言っても過言では無いと思う。
それを戒めた言葉?



アニメ「妖怪人間ベム」の主題歌に「早く人間になりたい。」と言う台詞がある。
子供の頃、「すごっく強い妖怪人間が、ひ弱い人間なんぞに何故なりたいのだろう?」と疑問に思っていたりした。
それが、人間の慢心なのだと分かったのは、長じてから。
どうやら人は、「自分が一番」なのだと、疑いも無く信じている。
万物の霊長なんて臆面もなく言えちゃうんだから。



よく言えば無邪気に。
悪く言えば阿呆のように。

しかし、なんの根拠もなく、それを当たり前と思っているのは、思い上がり以外の何物でもない。



これはその事を指しているのかな?
それとも賢者の陥穽辺りの慢心の事かな?
ごく当たり前の慢心の事?

慢心のレベルも色々。



慢心の塊と言って良い人間。

友人の寺なので、今度訊いてみましょ。



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2018.06.30


サッカーワールドカップ日本代表、予選リーグを突破。
決勝トーナメントへ駒を進めた。



しかし、決勝トーナメント進出を決めた予選最終戦ポーランド戦の終盤の戦い方が頂けなかった。



どうやら賛否色々有るようだが、総じて良くない印象を持ったという意見が多いようだ。



自分も不可。
あれはチャレンジャーの態度ではないと思う。
あれでは、日本サッカーがワールドカップで上位争いをする日は、当分の間やってこないだろう。
予選を突破したい気持ちは解るけれど・・・。



まあ、決勝トーナメント1回戦相手ベルギーに勝利出来たら、あの戦い方にも意味が出てくる。
そうなれば批判的な海外メディアも、手の平を反したように称賛するだろう。
そう出来るかどうか。
日本サッカーの正念場となってしまったかもしれない。
あの戦い方の所為で。



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2018.06.24


「しくじり動物大集合」の著者、動物行動学者の新宅広二さんがラジオに出演されていた。



「しくじり動物大集合」は、まだ未読なのだが、生き物のポンコツなところをあえて紹介した本なのだそうだ。
生き物の特徴として、その生き物の持つ凄い能力を紹介した本は沢山ある。
が、ポンコツな部分を取り上げた本は稀だと思う。
生き物の優れた能力と、それに反したポンコツな姿を紹介してこそ、その生き物の本当の姿が見えてくる、といった趣旨のようだ。



アナウンサーが
「生き物の中で先生が一番ポンコツだと思う生き物って何ですか?」
と質問。



「それは人間でしょう。」と新宅氏。
「だってウンチをした後、お尻を拭かなければならない生き物なんて、人間だけですよ。」



そうか、確かに・・・。



人は、文明を進化させてきたが、その一方で自分自身の体をポンコツ化してきている。
軟らかく食べやすい食品を作り上げた為、その所為で排泄に問題が起きている。
近年、便秘など排泄異常に悩む人は多い。
ケツを拭くどころか、排泄自体が困難になってきている。
増々人間のポンコツ化は進んでいるようだ。



文明が発達すれば、人の体はポンコツ化する。
これは過適応意外のなにものでもない。



人は、今、この世の春を謳歌しているが、
既に絶滅への負のスパイラルに入っているのかもしれない。



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2018.06.20


ワールドカップサッカー、日本、初戦勝利。



まずは、おめでとう。
まさか勝てるとは思わなかった。
アジア勢が南米勢に初めて勝った、記念すべき勝利なのだそうだ。



なのに何故だろう、全然嬉しくない。
まぐれ勝ちの感が強いからだろうか?



もともと自分は、サッカーがあまり好きでは無い。
なぜなら、サッカーは反則が見過ごされる事が多い競技だから。
試合を観戦していると「おい、おい、それは反則だろう」という行為が、ファールを取られない事が実に多い。
どうも選手達も、審判に見付からなければ反則では無いと思っている節があるようだ。
どうもそこが嫌な感じ。



ビートたけし氏、「選手の痛がり」を酷評 「サッカーはインチキの塊に見える」



ビート氏にしては真面な事を言う。
その通りだと思う。
サッカーにはそういう側面があると思う。
それなのに、サッカーを紳士のスポーツとサッカー選手上がりの某解説者が言っていたのを聞いた事がある。
どういう感覚ならそんな事が言えるのか、呆れたものだ。



もう2~3人、審判を増やすべきだと思う。
あんなに広いピッチを一人の審判で(2人?)賄えるはずが無い。
ボールに追い付けづ、勢い死角が出来、反則が横行することになる。
なんで審判を増やさないのだろう?
サッカー関係者やサッカーファンはそう思わないのだろうか?



なんでも、このワールドカップでは、ビデオ判定が取り入れられたのだそうだ。
それで少しは誤審が減るかな。
でもやはり細かな反則は、見過ごされる事になりそうだ。

サッカー観戦が気持ち良く見られるのは、まだまだ先のようだ。



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