妄想の最近のブログ記事

2018.10.12


「チコちゃんに叱られる」というNHKの番組を楽しみに観ている。



「チコちゃんに叱られる」は、当たり前と思っていて、今まで考えたこともなかったような事柄を、あえて問題にする雑学クイズ番組。
昨日、ブログに書いたカツ丼の件は、「蕎麦屋さんのメニューにカツ丼が有るのは、蕎麦屋さんなのに何故?」でした。
なるほど・・・。
自分は、「蕎麦屋さんがファミレス化して御飯物もメニューに載せたかったから。」だと思っていましたが、それは違っていました。



「何でも鵜呑みにせず、自分の頭で考えましょうよ。」がこの番組のコンセプトなのだろうと思う。



司会の5歳のチコちゃん(顔がCGで体は着ぐるみ、声は木村祐一さん)に、そんな素朴な質問されたゲストが、それは事考えた事も無かった「エっ・・・。」と答えに窮するところが番組のポイントの一つなのだが、割と自分は、そんな質問に対して、一度や二度考えた事が有る事が多く、その答えが合っているかどうかは別として、その回答を自分なりに持っている事が多い。
蕎麦屋のかつ丼のように。
まあ、結果的に間違っている事の方が圧倒的に多いのだが、「エッ!考えた事も無かった・・・。」と言う事はあまり無いようなのだ。



ちょっとこれは嬉しい。

そういえば自分は、何やかや、根掘り葉掘りと色んな事を考えている傾向があるようだ。
ようするに考え事が好きで、疑問に思った事を頭の引出にしまって置いて、時々引っ張り出しては考えている。
何年でも、飽きもせず。
答えが分からなかったり、新たな疑問が出来たりすると、ワクワクする。
それが楽しみなのだ。
まあ、大概が役にも立たない事ばかり考えているのではあるが・・・。



そんな余計な事ばかり考えている者は、大概は劣等生となる。
もちろん自分も、ご他聞に漏れず劣等生を自任しているが、
「そうか、この番組でチコちゃんが、そんな劣等生を励ましているのかもしれない。」
と気が付いた。



まあ、もっとも、こんな事を書くのに時間を費やしている事自体が劣等生ならでは。

ははは、性分だからな~。



銀木犀

銀木犀。
良い香りを漂わせているが、そろそろ散り始めている。



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2018.09.06


北海道で大きな地震。



マグネチュードは6.7。
中越地震と同規模。
直下型の地震にしては震源が深く、地下37km。
中越地震が10kmだったのに比べて30km近く深い。
なのに土砂崩れなどの被害が深度の割に甚大なようだ。



これはいったいどういう事なのだろう?
普通、地震の揺れは、30kmも離れると相当弱まるはずなのに、土砂崩れなどの被害は、中越地震を上回る規模のようだ。



それに震源からかなり離れた札幌市でも大規模な液状化現象が起こり、かなりの被害が出ている。
これもかなり珍しい事ではないだろうか。



それにしても毎年毎年大きな災害が続く。
なんだか災害の頻度が、年毎に増えている気がする。



いや、そうではないのかもしれない。
災厄の頻度は、日本の場合、これ位がふつうなのかも・・・。

ここ数十年が災害の少ない特異な時期だったと聞いた事がある事を思い出しました。
この試練の多さによって日本人の働き者の気質が育まれてたのでした。
だとすると、これは宿命・・・。



災害が日常化する事に備えねばならないのかもしれません。



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2018.06.01


森友学園事件。
官僚側が起こした文書改ざんや土地価格の8億円値引きなどは、不起訴となったのだそうだ。



え?!
マジだろうか・・・。



「文書改ざんは、大筋を書き換えた訳では無いので、改ざんとは言えない。」
「8億円値引きは妥当。」
と言う判断なのだそうだ。
あれ?
会計検査院は、「値引きの妥当性は無い」と言っていたはずなのだが、その判断はどこに行ってしまったのだろう?



それに引き換え、民間側当事者の篭池氏は、今は保釈されたとは言え、数か月に及び投獄されていた。



いやいや、これでは本末転倒だろう。



まあ、篭池氏は、詐欺行為を行っていたのだから、収監は当然としても、それより遥かに影響が大きい官僚の不正をたださなくってどうするのだろう?
かたや、こそ泥。
かたや、官僚の不正は、国の基礎を崩してしまいかねない、とんでも無い不正行為。
事の軽重は、言うまでも無いと思う。



そもそも検察は、当初から及び腰だった気がする。
この官僚の不正行為を正すことが出来ないようなら、そもそも日本の司法自体、構造が歪んでいると言える。
司法の歪みを正すための民間人の裁判参加も、こういった事件には、何の効果も望めない。
そもそも不起訴ではどうしようもないし。



国民の有志が検察審査会に申し立てをするそうだ。
が、恐らく徒労に終わるのだろう。
判例や法律では、そうなっているのだろうから。



既に日本の屋台骨が腐りきっているのだろうか?
その可能性が高そうだ。
大企業の不正や大学の不祥事から漏れ出てくる腐臭が、それを物語っている。



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2018.01.17


甥っ子が、「霊って居るの。」と聞いて来た。



要するにお化けって居るの?
と言う事。
どうやらその手の本を最近読んだらしい。



「もちろん、そんなものは居ないよ。」
と、うおぬま屋はニベも無いお返事。



「良く考えてごらん、お化けって大体人間だよね。
それって可笑しくない?
命は皆平等なのに、他の生き物の霊ってあまり聞いた事ないよね。
木の霊って聞いた事有る?
人間にお化けが居るのなら、ばい菌にだって霊が居るはず。
でもそんな話、聞いた事無いよね。
お化けになるのは人間だけって、どう考えても変だよね。」



そう話すと、そう言えば変だと思ったらしい甥っ子。
今度は、
「じゃあ、心霊写真とかって偽物なの?」
と聞いて来た。



「それも良く考えてごらん。
その心霊写真に写った何かを、誰が霊だと判断するの?
それは誰にも分からないよね。
その写真が本物か偽物かは判らないけれど、もし本当に何か不可思議なモノが写っていたとしても、それは不可思議なものであって、霊だと決め付ける事は間違いだよね。
その写真に、何か不可思議なモノが写ったと言うのが、正しいのじゃない?」



「いや、だって霊能力者が・・・。」
と甥っ子。



「そう、その霊能力者っていうのも変だよね。
なぜ霊能力者と言われる人にだけ霊を感知出来るの?
人間は、皆平等の能力を持っているんだよ。
多少の能力の違いはあっても団栗の背比べ。
ほんの一握りの人間だけが特別な能力を持つなんて、有り得ないよ。
霊能力者に霊が感知出来るのなら、他の人にも感知出来なければ可笑しいでしょう。」



甥っ子に話しながら、こんな当たり前な考え方が、なぜ当たり前にならないのだろう?
と改めて思う。
甥っ子にしたって、確かにそうだ、と思いつつ、感情的には納得がいかない感じがしているようだ。



想像力の翼を広げるのは、物事を正しく理解してからだよ、甥っ子くん。

朝日



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2017.12.20


楽しみに観ているアニメ「3月のライオン」で、お気に入りのシーンが放送された。



見事新人王戦で勝利、優勝した主人公は勝利の余韻に浸る事も無く、対局のあった関西将棋会館から、学校でいじめられている中学生のヒロインを心配し、修学旅行先の京都に、取る物も取りあえず駆け付ける。



スケジュールは、卓抜した記憶力で把握しているとは言え、広い京都新京極。
しかも日程は自由行動。
携帯電話を持たない中学生と逢えるはずもなさそうではある。
が、彼女が寂しい時に川べりに居る事を思い出した主人公は、新京極にほど近い鴨川河畔で遂にヒロインを見付け出す事が出来る。



このエピソードが一番のお気に入り。



物語の中では、スケジュールを完全記憶する棋士の記憶力と将棋指しの読みの力で探し出したように描かれている。
が、そうでは無いと自分には思える。
また、アニメだから、お話しだから見付けられたとも思わない。
運命の糸で二人が繋がっているからなどと言う解釈もあったりするが、アラ還のおやじは、そんな考え方は、面映ゆいだけで何の意味も無い事を知っている。
運命の人など居るはずは無いし、赤い糸の本当の意味をアラ還おやじは知っている。



しかし何故だか、当然の如く逢えたのだと妙に確信出来るのが、我ながら不思議。

説明は出来ないのだが・・・。



いいな~、このエピソード。

ここからヒロインのいじめからの立ち直りが始まる。
そしてヒロインが主人公を意識するきっかけとなる。



雪の結晶

翌週、ヒロインは、このシーンを回想しながら主人公を「桐山くん」と呼ばずに「あなた」と呼ぶ。

堪らんな~。



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2017.11.13


母の介護中、ラジオから流れる曲が、ふと耳に止まり、妙に歌詞が気になった。



竹内まりやさんの「駅」。
元カレと駅で偶然出会い、別れた事を後悔するという歌詞のようだった。
胸に迫る曲。
が、その一方、じゃあ何で別れたの?
あなたの浮気が原因?
とも思え、なんだか腑に落ちない感じがする。



歌詞を検索して読んでみた。
「懐かしさの一歩手前で  こみ上げる苦い思い出に  言葉がとてもみつからないわ」
とあった。
切ない感じは分かるものの、やっぱりどうも納得がいかない。
彼女は彼をいまだに思っている様なのだが、二年前にいったい何があったというのだろう?
おそらく普通に考えれば、心変わりしたのだと思うが、それが今になって元カレが気になるとは、どういうことなのだろう?



「それぞれ待つ人のもとへ  戻ってゆくのね気づきもせずに」
とあるので、二人とも結婚、もしくは恋人が居るらしい。
彼女は、今彼と上手くいっていないのだろうか?
だから元カレが気になる。
だとすると嫌な感じの女性、となりそうだ。
が、曲の感じは微塵もそんな感じでは無い。



調べてみたら、この歌には、二つの解釈が有ると知った。
「初めてわかるの痛いほど 私だけ愛してたことも」のところ。
この「私だけ」を「私だけがあなたのことを愛していた」と、結局片思いだったのだ、という解釈と、彼がどれだけ自分のことを愛していたか、今になって身に沁みてわかったと言う解釈の二つが可能のようだ。
前者ならば、切ない気持ちは分かるかな。
でも、作者は、後者を意図していたそうだ。
読み方によると、前者とも思えるのが面白いが、しかし、「二年の時が変えたものは 彼のまなざしと私のこの髪」とあるので、彼のまなざしが変わったのならば、前者の解釈は、やはりちょっと無理があるのかもしれない。



考えている内に、憐憫の思いを歌にした歌詞ではあるが、彼女は今彼に不満を持っている訳では無いのかもしれないと思えてきた。
切ない曲ではあるが、駅を出れば、彼女は嘘のように切ない気持ちが消え、今彼(夫かな?)のもとで幸せなのかもしれない。
女性は、そういう心の動きをするのだとか。
男性の上、頭の固い自分には理解しがたい感情だが、どうなんだろう?
女性に聞いてみたい気がしてきた。

紅葉

しまった、またこんな事で時間をつぶしてしまった。
ネットでダラダラしていると、あっという間に時間が経ってしまいます。
反省、反省・・・。



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2017.10.27


眠育なるものが、ニュースで取り上げられていた。



眠育、要は睡眠の重要性を子供達に教える事らしい。



眠育を始めた某小学校は、以前10%近かった不登校が、数年後には0%に激減したのだそうだ。



成果は上がっている。



睡眠の大事さは、当たり前の様に認識されていると思うが、その当たり前故に随分軽視されている傾向にある。
日本は、世界でもトップクラスの睡眠不足大国なのだそうだ。



眠る事、食べる事など、生き物の最も基本的な要素を軽視している日本人。
なにか具体的な成果が無いと改まらない。

眠育、広がって欲しい。



霧の深い朝

霧の深い朝。



しっかし、睡眠なんぞ、人造り(教育)の基本の基本。
その土台から築き直さなければならないとは・・・。
なんと道の遠い事だろう。



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2017.10.12


テレビCMで、骨を取った魚のお惣菜が宣伝されていて、ショックを受けた。



お年寄りや小さい子供でもなければ、やはり魚の骨位、自分で取って食べるべきであろう。
自分の事は、自分でするは、当たり前。
仕事が分業化しているからと言って、全てを分業化して良い訳では無い。



では、なぜ「自分の事は自分でする」のが大切なのか。



ひとつは、「色々な体験が人の能力を伸ばす」からだと思う。
学校の主要5教科さえ成績が良ければ、それで良いというものではない。
自分の出来る事は、なるべく自分でする事によって、色々な能力が身に付き、やがてバランスのとれた知力が育まれる。
高い山には広い裾野が必要なのだ。
魚の骨を取る行為も、その広い裾野を作る、ひとつの要素だという事を忘れてはならない。



うおぬま屋は、藍染が好きだ。
得も言われぬ深みを持つ藍染の藍色。
藍染の、あの深い風合いは、藍色以外の色素である赤や黄色等、数千にも及ぶ藍色以外の色素があってこその藍色なのだと聞いた事がある。
単純な藍色のみの化学染料では、深い風合いは出ない。
一見、無駄な要素と思える事が、実は重要と言う事は、良く有る事。
人もしかり。
複雑な人の心を作るのに、効率ばかりでは、ダメに決まっているのだ。



なぜ「自分の事は自分でする」のが大切なのか、
もう一つの理由は、「高効率を求めるあまりの分業化は、過適応」だからだ。
過適応は脆い。
あまりにも環境に合せ過ぎて、高効率を求めると、いざ環境が変化した時、全く付いて行けなくなり、ぱったり倒れてしまう。
過適応は、危険なのだ。



過適応の分かりやすい例は、恐竜。
彼らは、安定した環境のもと、体を巨大化させていった。
体を巨大化させる事が、彼らにとっては生きていく上で有利であったし、効率が良かったのだ。
しかし、巨大隕石の衝突による寒冷化という環境の変化により、億年単位で繁栄していた彼らも、あっさり絶滅。
大きな体は、大量の食物を必要とし、寒冷化による食物の減少に全く付いていけなくなってしまっていたのだ。
人の社会の高度な分業化も、恐竜の巨大化と同じ。
過適応なのだ。
人も恐竜たちと同じ道を歩んでいる。

恐竜図鑑の表紙

あまりに高度になった分業化(文明)が、脆い事は、東北の震災の際、骨身に染みたはずだと思うのだが、その教訓は、魚の骨を分業化によって取ってしまう行為には、全く活かされていないようだ。



自分で出来る事は、なるべく自分でする。
大事なことだと思う。
魚の骨位、自分で取ろう。
社会の分業化が進んでいったとしても、一人一人の能力が下がっていなければ、過適応にはならないのだから。



しかし、もっとも、魚の骨取りに限らず、分業化の弊害は、随所に現れていて、その限界を既に超えているとも思う。

一人一人の自覚が重要なのだが・・・。



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2017.10.11


テレビCMで、骨を取った魚のお惣菜が宣伝されていて、ショックを受けた。



お年寄りや小さい子供でもなければ、やはり魚の骨位、自分で取って食べるべきであろう。
自分の事は、自分でする。
うおぬま屋が子供の頃は、それが常識だった。
自分で出来る事は自分でする。
それがいつの間にやら、すっかり忘れられてしまっている。



それが何故忘れられてしまったのかというと、「仕事の分業化」が高度に発達した影響があるのだろうと思う。
あまりに仕事の分業化が、入り線を窺うように発達したため、個人の生活にまでその方式が入り込み、重大な齟齬を生じている。



仕事の分業化は、効率が良い。
極端な話し、一つの技に偏って訓練すれば良いのだから、技術の習得は早いし、高度な領域にも到達出来る。
今の世の中は、それによって支えられていると言っても良いだろう。
しかし、それを個人にも、そのまま当てはめるのは間違いだと思う。
個人の場合は、効率が良ければ良いというものでは無いのだ。



家事分担は、いまや当たり前になりつつある。
それなのに、それと逆行する様な骨の無い魚。。
魚の骨さえ取れない者が、家事をこなせる訳が無いだろう。



分業化社会においては、他人の力を借りて生きるのは基本ではある。
助け合いも大事。
助け合ってこそ人の社会。
しかし、魚の骨まで他人から取ってもらうのは行き過ぎ。
「自分の事は、自分でする」の精神=自立の精神は、助け合いと並立する社会を支える大事な柱でもあるのだ。



では、具体的に何故「自分の事は自分がする」が大切なのか。
理由は二つあると思う。

ヒヨドリ草



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2017.10.10


テレビCMで、骨を取った魚のお惣菜が宣伝されていて、ショックを受けた。



世の中がどんどん悪い方向に進んでいる。
それをどう止めたら良いのだろう。



何故だろう?
いつのころからか、生きている内に世の中が良い方向に進み始めるのだけは、確認してから身罷りたいと思っていた。
自分の子供や孫の将来を心配して、などと言う訳では無い。
彼らは彼らで、自分達の道は自分達で切り開いて行くだろう。
自分が死んだ後の事など、気にしてもしょうがないとは思っている。
だが・・・。
どうしてだろう気になる。



若い頃は、その内、誰かが良い方向に導いてくれるだろうと高を括っていた。
それが気が付けばアラ還。
そうのんびりとしていられる年齢ではなくなってきた。
少々焦る。



良い方向に向かうには、教育が胆。
教育さえ方向修正されれば、後は順次方向修正されるだろう。
ゆとり教育の時は、大いに期待し、これで大丈夫だろうと思ったものだった。
それが、ゆとり教育は期待に反し、とんでもない方向に曲がったうえ、空中分解。
元の木阿弥に戻ってしまった。
いや、木阿弥に戻ったどころか、悪い方向に進むのが加速している。
困った。



どうやら願いは叶いそうもないかもしれない。

赤い月



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