2016.02.24


卒業式を20日後に控えた、甥っ子の小学校最後の授業参観に、仕事を抜けられない弟の名代で出席した



授業は、自分の夢について書かれた作文の発表の授業。
2年前の1/2成人式以来、2度目の夢についての発表を聞く。
どうも夢についての発表に縁があるようだ。



生徒達の作文は、やっぱり案の定、略100%、判で押したように「夢=将来就きたい職業」の発表だった。



これが教育の恐ろしい所。
「夢=将来の仕事」と完全に摩り込まれ、全く疑うことが無い。
それに発表された夢は、必ず一人が一個。
これもお約束。
夢なのだから複数あっても、20でも30でも有っていいはずなのだ。
一人が一つの夢等という事は、普通有り得ない。
これも摩り込み。
教育のマイナス面が、如実に表れている。
そしてこの夢=職業が、今の教育の歪みの分かりやすい一例でもある。



でも明るい兆しもあった。
パテシエになりたいという女の子。
自分の作ったお菓子で、そのお菓子を食べた人を笑顔にしたい、と。

そう、これこそが夢だろう。
自分の仕事で、人々を幸せにしたい。
こういう考えこそが「夢」と言って良いものだと思う。
「お菓子作りが好き→お菓子屋さんになりたい→お菓子でお客さんを笑顔にしたい」、と考える方向が逆なのが残念だが、さすが6年生ともなると摩り込みに抵抗する能力が育ち始めているようだ。



夢=職業では無い。
夢は一つだけで無くても良い。
と、いつか気が付いてくれる事を願う。



ちなみに自分の夢は、人とは何か?を知りたい、という事。
後、泣いている人が居ない世界が実現したら、どんなに良いだろうか、とも考える。
教育が本来の姿を取り戻したところも見てみたい。
子供達の夢を、呪縛から解き放ちたい。
それから、それから・・・、夢は、数えだしたらきりが無い。

それが夢というものだろう。
そう思う。



木の枝を彩る新雪



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コメント(1)

こんにちは。
学校の先生が夢を持っていないので
夢について子供達に語れないのでしょう。

>夢=職業では無い。
>夢は一つだけで無くても良い。
>と、いつか気が付いてくれる事を願う。
  うおぬま屋店長先生が学校で授業するしかないですね。
  (^^ )

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このページは、昆布巻きのうおぬま屋店長が2016年2月24日 21:38に書いたブログ記事です。

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